ニュースの概要
市場調査会社のFortune Business Insightsが、SaaS(ソフトウェアをインターネット経由で月額利用する形態)の世界市場について、2034年までの規模予測をまとめたレポートを公開した。クラウドの普及、中小企業のデジタル化、リモートワークの定着、そしてAI機能の組み込みが需要を押し上げる主因として挙げられている。市場調査の数字は調査会社ごとに前提が異なり、鵜呑みにはできない。それでも、SaaSが企業のIT支出の中心に据わり続けるという方向性は、複数の調査で一致している。本稿では、この予測を数字の大きさではなく、成長の中身と、利用企業・開発企業それぞれへの影響から読み解く。
引用元: Software as a Service [SaaS] 市場規模、グローバル レポート、2034 年(Fortune Business Insights)
分析・見解
長期予測の数字より、前提条件に目を向ける
市場規模の長期予測は、見出しの金額が目を引く。しかし本当に見るべきは、その数字がどんな前提で組まれているかである。多くのレポートは、年平均で二桁台の成長が続くと仮定する。ところが、これは新規顧客が増え続け、既存顧客も単価を上げ続ける世界を前提にしている。
実際には、主要市場では導入がかなり進んでいる。大企業の営業、会計、人事といった基幹領域では、すでに何らかのSaaSが入っている。だから今後の成長は、新規導入より「既存契約の拡張」と「他の製品からの乗り換え」が中心になる。ここを読み違えると、市場全体の追い風に自社も乗れると誤解する。
成長の主役は新規導入から単価の引き上げへ
ここ数年で目立つのは、既存SaaSに生成AI機能を足して、上位プランとして値上げする動きだ。文書作成、顧客対応、営業支援などの大手製品が、AI機能付きの追加料金を設定した例が相次いだ。市場規模の数字が伸びる理由の一部は、利用者が増えるからではなく、同じ利用者が高い料金を払うからである。
これは利用企業にとって重い話だ。席数(=利用者アカウント数)あたりの月額に慣れた現場に、AIの利用量に応じた課金が混ざり始めている。請求額が読みにくくなり、予算管理の難度が上がる。
席数課金が揺らぎ、成果や利用量への課金が広がる
AIが業務の一部を代行すると、人の数に比例する席数課金は成り立ちにくくなる。たとえば、顧客対応の担当者が十人から六人に減っても、会社の価値が下がったわけではない。ベンダー側は、席数が減れば売上も減る。そこで、処理した件数や解決した問い合わせ数に応じて課金する方式へ移る企業が出てきた。
独自の視点として強調したいのは、SaaS市場の拡大と、SaaS各社の収益の安定は別問題だという点だ。市場全体が伸びても、課金方式の転換期には、勝ち組と負け組がはっきり分かれる。過去にオンプレミス(=自社設置型)からクラウドへ移った時も、移行をしくじった老舗が一気に力を落とした。同じ構図が、今度は課金方式で起きる可能性がある。
小さな専門SaaSには追い風、巨大な総合型には圧力
AIで開発の手間が減り、少人数でも製品を出せるようになった。特定の業界や業務に絞った小さなSaaSが増えている。建設の工程管理、士業向けの書類作成といった領域だ。こうした製品は、総合型の大手が拾いきれない細かい要望に応える。
一方で、大手は買収と機能の抱き合わせで囲い込みを強める。利用企業の側には、選択肢が増える反面、連携の手間やデータの散在という新しい課題が生まれる。市場が大きくなるほど、整理して使いこなす力が差を生む。
ビジネスへの影響
契約更新の前にAI関連の追加料金を洗い出す
導入企業の意思決定者がまずやるべきことは、現在の契約を一覧にし、更新時期と価格改定の条項を確認することだ。AI機能は標準で付くのか、追加料金なのか、利用量に上限があるのか。営業担当の説明だけでなく、契約書と料金表で確かめる。特に、自動更新の通知期限は見落とされやすい。期限を過ぎると、値上げ後の条件で一年縛られる。
また、部門ごとに勝手に契約された「隠れSaaS」の棚卸しも欠かせない。経費精算の明細から利用料を拾えば、短時間でおおよその全体像がつかめる。重複している製品を一本化するだけで、数割の削減になる例も珍しくない。
自社でSaaSを提供する側は課金設計を見直す
SaaSを作る側は、席数課金だけに頼る設計のリスクを点検したい。顧客がAIで業務を効率化すると、席数が減って自社の売上も減る。対策は二つある。一つは、利用量や成果に連動する料金を一部に取り入れること。もう一つは、他社に置き換えにくいデータや業務の流れを握ることだ。
ただし、いきなり全面的な従量課金にすると、顧客が請求額を予測できず敬遠する。基本料金に利用枠を含め、超過分だけ従量にする折衷案が現実的だ。小規模な事業者ほど、顧客との対話を通じて料金体系を少しずつ試すとよい。
予測は参考にとどめ、自社の数字で判断する
市場予測は、投資家向けの資料や社内の説得材料としては便利だ。しかし、事業計画の根拠にするなら、自社の解約率、顧客あたりの売上、獲得コストといった実測値を優先する。市場が伸びていても、自社が伸びる保証はない。数字は方向を確かめる道具であり、判断そのものを肩代わりはしない。